福岡高等裁判所 昭和27年(ネ)452号 判決
控訴代理人は、原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、(一) 本件訴訟が競売異議の訴訟であることは、被控訴人の申立自体に徴して明らかである。ところで競売異議は民事訴訟法第六百七十一条の競落期日までになさるべきもので、競落の許否について裁判がなされた後においては、同法第六百八十条に定める即時抗告の方法によるの外これを争うことはできないと解すべきところ、本件競売手続においては、昭和二十六年八月二十四日訴外岡崎芳雄が本件家屋を競落し翌二十五日競落許可決定がなされたのに対し、被控訴人は、右競落期日までに何等異議を唱えず、且つ競落許可決定に対する即時抗告もしなかつたのであるから、被控訴人は、もはや本件競売に対してこれを争う権利を喪失したものというべきである。しかも被控訴人は不動産の競売手続上、異議を唱え得る利害関係人ではない。すなわち、訴訟法上異議を唱え得る者は、民事訴訟法第六百四十八条列記の者に限られているのに、被控訴人はそのいずれにも該当しない、従つて右いずれの点よりするも、本訴は不適法である。(二) 仮に右抗弁が理由がないとしても、被控訴人は本件家屋について所有権取得の登記をしていないから、第三者である控訴人に対し、その所有権を以て対抗することはできない。(三) 仮に本件家屋が被控訴人の所有であるとしても、被控訴人は、本件競売手続において、その代理人井手六郎を介し、本件家屋を訴外上野藤美の所有として競売することを承諾していたのであるから、今更これを否定して競売異議の主張をなすことは許さるべきでない。何となれば、所有権は自由に放棄し得る権利であるからである。(四) 仮に被控訴人が訴外上野藤美との契約(甲第一号証)によつて本件家屋の所有権を取得したとしても、右契約は、被控訴人が自己の利益のために借地法の適用を免れることを目的としてなされたものであるから、脱法行為として無効たるを免れない。(五) 仮にそうでないとしても、右契約は優越の地位にある土地賃貸人の被控訴人と、劣等の地位にある土地賃借人の訴外上野との間に結ばれたもので、契約書(甲第一号証)自体に徴して明らかなように、その条項は頗る均衡を欠いでおり、賃借人にとつて甚だしく不利益な契約であるから、借地法の根本精神に反する無効の契約というべきであり、又公序良俗に反するものとして到底無効たるを免れない。(六) 以上の抗弁がすべて理由がないとしても、被控訴人の本訴請求は、次に述べる理由により、権利の濫用として許さるべきではない。すなわち、被控訴人は、本件家屋について、家屋台帳法による登録をなさず、所有権保存登記もしないばかりでなく家屋税も納めず、又自ら使用収益をなさず、しかも前記の如く本件競売に対して何等異議を唱えず、却つて本件家屋が訴外上野の所有として競売されることを承諾し、競売手続を進行させながら前記競落後に至り、忽然訴外上野との間における契約を楯として第三者たる控訴人に対し、自己の所有権を主張しているのであつて、右は明らかに権利の濫用の甚だしきものといわざるを得ないと信ずると述べ、被控訴代理人において、控訴人の右抗弁事実中、被控訴人の主張に反する部分は、これを否認すると述べた外、それぞれ原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
当裁判所は、原判決理由冒頭の事実認定の資料として、当審証人井手六郎、上野藤美の各証言及び当審における被控訴本人尋問の結果を加え、且つ後記理由を附加する外、原判決の示すところと同一の理由により、本件家屋は当初から被控訴人の所有として建築されたものであり、訴外上野藤美は右家屋の賃借人に過ぎなかつた事実を前提として、同訴外人が本件家屋に設定した抵当権に基く本件競売の不許及び抵当権の不存在確認並びに右抵当権設定登記の抹消登記手続を求める被控訴人の本訴請求を正当と認めるので、ここに右理由を引用する。当審において新に提出された証拠によるも、未だ右認定を左右するに足りない。
控訴人は、(一) 被控訴人は本件競売手続において何等異議を唱えず、又競落許可決定に対して即時抗告をしなかつたから、もはや本件競売に対し、これを争う権利はないばかりでなく、被控訴人は不動産の競売手続上異議を唱え得る利害関係人に該当しないから、本訴は不適法である、と抗争するが、被控訴人は本訴において、自己が実体法上本件家屋の所有権を有することを主張し、無権利者である訴外上野藤美が右家屋に設定した抵当権の実行としてなされた本件競売の排除を求めているのであつて、右のように、競売の基本たる抵当権が実体法上無効であるときは、本来の所有者は、右競売手続進行中に異議又は抗告等の方法によつて競売の効力を争つたかどうかとは関係なく、別個に訴を以て競売の排除を求め得るものと解すべきであるから、控訴人の右抗弁は採用の限りでない。控訴人は次に (二) 被控訴人は本件家屋について所有権取得の登記をしていないから第三者である控訴人に対し、その所有権を以て対抗することはできないと抗争するけれども、前段認定のように、本件家屋は、その建築の当初より被控訴人の所有に属していたのであつて、被控訴人において伝来的にその所有権を取得したわけのものではないから、本件の場合、民法第百七十七条を適用する余地はないというべきである。次に控訴人は、(三) 被控訴人は本件競売手続において、本件家屋を訴外上野の所有として競売することを承諾していた旨抗争するが乙第一号証は、原審並びに当審証人井手六郎の証言に照し、未だ控訴人の右抗弁事実を肯認する資料となし難く、その他右事実を認めるに足る証拠はない。次に控訴人は、(四) 本件甲第一号証の契約は、借地法の適用を免れることを目的とする脱法行為であるから、無効である、と抗争するけれども、右事実については、これを認めるに足る何等の証拠はない。控訴人は次に、(五) 本件甲第一号証の契約は賃借人たる訴外上野にとつて甚だしく不利の契約であるから、借地法の根本精神に反し、且つ公序良俗に反するものとして無効たるを免れない、と抗争する。しかし、訴外上野は原判決認定のような事情にあつたため、殊更自己に不利と思われる条項に甘んじて甲第一号証の契約をなしたものであつて、借地法はこのような当事者間の任意の合意についてまで干渉するものではなく、又このような契約が公序良俗に反するものとは直ちに断定し難いので、前記抗弁も亦採用しない。次に控訴人は、(六) 被控訴人の本訴請求は権利の濫用である、と抗争するけれども、被控訴人が本件家屋について自己所有名義に登録乃至登記をなす等控訴人主張のような措置をとらないで、俄に本訴を以て自己の権利を主張したとしてもこれを以て直ちに権利の濫用ということはできないから、右抗弁も採用の限りでない。
よつて被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 野田三夫 川井立夫 天野清治)